母の急逝、残された築45年超の木造アパート

あけぼの荘外観

ども!ぴーすけです。まだ見ぬ不動産の扉を開けたくて、このブログを始めました。これから数回、この世界に携わるきっかけになったエピソードを中心に、まずはお届けしてみたいと思います。よろしければ、お付き合い下さい。

不動産との付き合い、キッカケは母の急逝

2017年末、当時60代前半だった母が急逝しました。それに伴って、母の名義で所有していた実家の木造アパートを相続することになりました。

不動産投資や賃貸経営について語るのに、どこから始めるのが良いかを考えて、この時のエピソードから綴ることにしました。最初は、身内の話を赤裸々に綴ったところで、読者にとって有益か?と迷いました。しかし、改めて考えるまでもなく、不動産と相続って切り離せないんですよね。なので、たとえ1つの超具体的な事例でも、こうして公開しておけば、いずれ誰かの役に立つだろうと思うことにしました。

準確定申告と相続税の申告・納税、できることから1つずつ

さて、相続です。実は母、長年アルコール依存症を患っていて、いずれこうした日がやって来ることは覚悟していました。しかし、何か具体的な備えをしていたか?と言われれば、全く…。ということで、知識ゼロからのスタートです。普通であれば懇意にする金融機関の1つでもありそうなものですが、そうした付き合いも特になく、相談できそうな先も皆無です。ひとまず「準確定申告」は相続開始から4か月以内、「相続税の申告・納税」は、相続開始から10ヶ月以内に済ませれば良い(※1)と分かり、これらを目安に、できることからやっていくことにしました。ちょうど、2016年4月にそれまで勤めていた会社を辞めて、個人事業主になっていましたので、スケジュールを立てる上での裁量があったのは幸いでした。

(※1)相続開始:一般的には被相続人の死亡日を指します

まずは、期限の迫った準確定申告から取り掛かります。これは、被相続人(死亡した人)が事業などを営んでいて所得があった場合に、相続人が代わりに確定申告を行う手続きになります。これについては、長年お世話になっている税理士さんの存在を思い出し、ひとまずお願いしてみることにしました。意外だったのは、「青色申告特別控除」の届出をしていなかったこと。僕が子どもの頃から付き合いのある税理士さんなので、あまり悪く言いたくないですが、本音としては「先生、もうちょっと頑張ってよ…」という気持ちでした。とにかく結果的には、各種の控除と前年度のアパート運営にかかっていたと思われる経費の領収書を漏れなく集めて、数万円の納税で済ませられました。ここでも、個人事業主としての経験が役立ちました(実務をほとんど自力でやった身としては、税理士報酬はぼったくられた感があります。まあ、勉強代でした)。

さて、なんとか「準確定申告」を終えたので、次はいよいよ「相続税の申告・納税」という大仕事です。これについては少し長くなりそうなので、次の記事で書きたいと思います。

我が家の家族構成、不動産とのルーツ

その代わりに、我が家の割と変わった家族構成について、最後に書き添えます。今回の相続に至った経緯を知って貰う上で欠かせないので、少しだけ。

まず、母方の祖父母は共に青森出身で、見合い結婚を機に、東京に出てきました。その後、祖父は製造業の会社を立ち上げて、それなりに財を成したようです。もっとも、やっていた事業と言えば、松下電工の製品を模した(要するにパクった)真空管の製造販売などだったようですが。1960年代頃の東京では中小企業のオーナー経営者が、地方から出てくる若者の入居を期待して、木造アパートを建てるのが流行っていました(※2)。そうして出来た中のアパートの1つが、母の死に際して相続したものでした。何事もルーツにこだわるのは大事で、この辺りの背景を知れてようやく、先代の置かれた状況や建物の社会的意義に思いを馳せられるようになりました。ちなみに、祖父は僕の生前に亡くなっていて、アパートの所有者は長らく祖母になっていました。その祖母も母に先立つこと2年、2015年の末に亡くなっており、母が土地・建物を引き継いだ、というのが大まかな経緯です。なお、我が家はいわゆる母子家庭でしたので、今回は父方のエピソード省略です。

それでは、今回はここまで。また書きますね!

参考文献

(※2)『モクチンメソッド:都市を変える木賃アパート改修戦略』

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